人口減少社会の経営戦略

写真:額賀 信
縮小経済をどう乗り切るか 2005年06月
額賀 信/株式会社ちばぎん総合研究所 代表取締役社長
日本の総人口は2006年をピークに減少を始めると予測されている。
人口の減少は生活やビジネスにどのような影響を及ぼすのか。企業は経営のカジをどう切ればよいのか。“縮む社会”の現実を味わった震災後の神戸の経済を教訓に人口減少社会を勝ち抜く経営戦略を提示する。

プロフィール

1946年群馬県生まれ。70年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。76年英国オックスフォード大学留学。78年経済学修士卒(M.Phil取得)。92年新潟支店長。94年考査役。96年神戸支店長。97年ちばぎん総合研究所取締役副社長。98年から現職。
新潟大学、神戸大学、城西国際大学などで非常勤講師歴任。
著書に「観光革命−スペインに学ぶ地域活性化」(日刊工業新聞社)「『日本病』からの脱出−景気の呪縛を解き放て」(時事通信社)「『過疎列島』の孤独−人口が減っても地域は甦るか」(同)など。2003年にはNHKスペシャル「21世紀 日本の課題−“人口減少社会”とどう向き合うか」に出演した。

始まった国内市場の縮小

総務省が住民基本台帳をベースに公表している人口推計によれば、2004年12月の総人口は、1億2773万人と、前年同月(1億2767万人)からの1年間の増加は、わずか6万人、伸び率0.05%にとどまった。本年10月には、5年ぶりの国勢調査が実施されるが、その数字がわが国人口のピークとなるだろう。次の国勢調査では、人口は減っているはずである。人口減少社会がいよいよ現実のものとなってきた。

わが国では、04年までは総人口がかろうじて増加を続けてきたため、人口減少が経済に与える影響があるとしても、それは基本的には将来発生する問題だという思い込みが強い。しかしそれは決して将来の問題ではない。すでに現実に悪影響を与え始めている。

まず乳幼児の市場を考えてみよう。わが国の年少人口(14歳以下)は、2000年には1847万人と、ピーク時(1980年、2751万人)の3分の2にまで縮小した。その年少人口の減少は、わが国の乳幼児用消費需要を大きく縮小させた。乳幼児用消費市場は、年少人口の減少に比例して、ピーク時の3分の2程度にまで縮小したと考えても、大きな間違いではないだろう。節句人形販売の「秀月」人形チェーンは、04年5月、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。少子化の影響で主力の節句人形の販売が落ち込んでいた。また医学部や歯学部、薬学部の受験準備で知られる「両国予備校」は、05年2月に閉鎖された。少子化の影響で浪人生が激減し、経営が成り立たなくなったためである。秀月は、1930(昭和5)年創業の老舗、両国予備校は、75年に設立された名門予備校だった。今後子ども用の消費市場は、一段と縮小していくだろう。

生産年齢人口(15〜64歳)も、95年の8716万人をピークに減少を続け、95〜04年の間に、200万人以上も減少した。例えば、90年代後半以降の酒・食糧消費を人口の年齢構成別に振り返ってみよう。90年代後半以降、生産年齢人口の減少が酒・食糧消費を減らし、一方増加した老年人口(65歳以上)がその消費を増やしてきたはずである。しかし一人当たりの平均的なお酒を飲む量や食べる量は、生産年齢人口に属する人々の方が老年人口に属する人々よりはるかに多い。だから各年齢別の一人当たり平均消費量と年齢別人口を加重合計してみると、アルコール量に換算した各種酒類消費あるいはカロリー量に換算した食糧消費等の国内総量が、2000年の前後にピークを打った可能性が高い。2000年以降生産年齢人口の減少に弾みがつき、総人口の頭打ち傾向が強まっていることを踏まえれば、国内の酒・食糧消費の総量は、すでに基調的な減少局面に入っていると考えられる。

子ども用の消費市場が縮小したように、全世代の消費市場が縮小していく社会―それが人口減少社会である。実際、適切な対応がとられなければ、経済規模の縮小は避け難いだろう。だからわが国にとっての本当の問題は、人口減少が国内市場を縮小させるかどうかではなくて、いつ縮小させるかなのである。わが国では、世代別の一部消費市場で縮小が始まっているだけではない。生産年齢人口の減少は、労働力人口を減らし、その労働力人口の減少は、雇用者報酬減少の一因となって、国内消費市場全体を縮小させる方向に働き始めている。つまり人口減少社会は、経済的に見る限りもう始まっている。国内市場を縮小させる巨大な力が働き始めたのである。

出生数および合計特殊出生率の年次推移

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縮む社会の厳しさを味わった震災後の神戸

わが国で人口減少社会の厳しさを本格的に味わった最初の地域は、震災後の神戸である。筆者は、日銀の神戸支店長を経験した。神戸に赴任したのは、1996年3月だった。震災後1年以上経っていて、それなりに生活は安定してきていたが、経済的な困難は、むしろその後大きくなった。

今振り返ってみれば、大震災後の神戸では、見えにくい人口減少社会が見えていた。それは通常じわじわと押し寄せる糖尿病型の人口減少社会が、神戸では、震災を契機として一挙に実現したからである。神戸市の人口は、95年1月の震災後10万人減少して142万人となった。10万人の中には、震災で死亡した神戸市民4500人が含まれていた。もう永久に戻らない死者に加えて、家族や住宅や職場を失って神戸を去らなければならなかった人々が、わずか数カ月の間に10万人に達したのである。また神戸市の入込み客数も、震災後の95年中は1074万人とピーク時(93年、2750万人)の4割程度にまで減少し、その後も伸び悩んだ。神戸は、定住人口と交流人口を一挙に失って、経済の活力は人から生まれるという当たり前のことを痛切に知らなければならなかった。

神戸経済の停滞は、直接被害を受けた95年よりも、むしろ建物の物理的損壊が一応回復した96年後半以降から徐々に大きくなった。多くの業界の売り上げが落ち、倒産が増加した。その停滞感は、地域で生活している人々の実感だったが、その後神戸市を含む兵庫県の県内総生産が、97、98年度と、全国の中でも最下位の部類に属する大きなマイナス成長を余儀なくされたことが明らかになって、数字で裏打ちされたかたちとなった。

震災後の復興過程では、製造業と非製造業で明暗が分かれた。製造業の場合、ハードの工場や生産機械が復旧すれば、そこから回復が本格化した。製造業は、モノを売るという最も重要な点で神戸に依存していない。良いモノさえ作れば、世界中に売ることができた。これに対し広範な非製造業は長く苦しんだ。それは、神戸の人口減少に伴う購買力の低下に直面したからである。

製造業は自ら市場を開拓できるが、非製造業は、地域の集積が高まり、定住・交流人口が増えて初めて活性化する。だから非製造業は、製造業に比べはるかに地域への依存度が高く、地域衰退の影響を直接的に受けることになる。その意味で非製造業は、「総合地域産業」としての特色を色濃く持っている。その地域活力の源泉となる定住・交流人口が大きく落ちたことが、神戸非製造業の回復を遅らせる主因となった。

地方自治体は、税収の減少に直面した。神戸市の水道事業特別会計は、93年度から赤字に転落していたが、震災に伴う契約世帯数の大幅減少から一段と赤字が累増した。被災者は、生活環境悪化の中でも、水道料金の引き上げという負担の増大を甘受せざるを得なかった。

このように、神戸を事業基盤とする非製造業は、売り上げの減少で苦しんだ。自治体は税収の減少で、また住民は負担の増大で、それぞれ苦しんだ。神戸市民は、人口減少社会のお金の問題に正面から向き合った。その意味で震災後の神戸は、わが国が今迎えつつある人口減少社会を一足先に体験したのである。

兵庫県と全国の実質経済成長率(県内総生産増減率)の推移

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縮む経済の経営戦略

CRISISという英語には、「危機」という意味と「峠」という意味がある。峠とは、上り坂から下り坂に移る分岐点である。峠の向こう側では、天候も風景も一変する。上り坂の経験が、下り坂では役に立たなくなる。だから、峠は危機なのである。わが国は今、人口の峠にあって、危機に直面している。それは、国内市場が、これまでの拡大から縮小へと一変するからである。その持っている深刻な意味合いをきちんと受け止めるとすれば、これからの経営者がどうしても考えなければいけないことがある。それは「縮む経済の経営戦略」である。
縮む経済を勝ち抜くためには、次の3つの対応が必要である。

第一は、売り上げが伸びなくても利益の出る体質にすることである。これからは多くの国内市場が縮小する。売り上げの伸びが難しくなるから、そういう状況でも利益を出すことが、どの企業にとっても非常に重要になる。そのためには損益分岐点を下げることが不可欠である。損益分岐点を下げるためには固定費負担を下げなければいけない。例えば人件費比率を下げる、アウトソーシングの道を探る、そういう対応である。
第二は、業界内のシェアを上げることである。これからは同じ業界に属している企業皆がハッピーになることはほとんどない。むしろ業界全体の伸びが縮まってきて、さらにマイナスになる可能性が高い。その中で、自分の会社の経営をきちんと維持しようと思えば、明確に売り上げシェアを上げる。それもちょっとだけ上げるのではなくて、圧倒的に上げることを考える。そうでないと自分の企業を維持することは難しい。シェアが落ちた企業は、早晩淘汰されるだろう。勝ち抜くためには、売り上げシェアを上げることを明確な目標にしなければならない。
第三は、需要の伸びる部門を育成する、あるいは新しい需要を創造することである。これは商圏の拡大を図るといっても良い。具体的には製造業の場合、輸出を増やす。輸出だけに依存するのは危険だから、おのずからバランスは必要だが、これからは、国内市場は縮小する。国外市場は大きく伸びる。世界の輸出市場で負ければ製造業の明日はない。国際競争力を世界一にすることが必要である。

非製造業は交流人口をひきつける。人を集める工夫をする。あるいは人の集まるところに進出する。とりわけ外国人観光客を呼び寄せる。世界は今大交流時代である。64億の世界の人口のうち、外国旅行をする人の数は、1年間で延べ7億人である。今後その数は飛躍的に伸びるだろう。世界の交流人口の活力を、地域を挙げて引き込むことが大切である。
わが国はこの20年間、内需主導の経済成長を目指してきたが、いまや国内市場が縮む中で、内需主導の経済戦略は事実上破綻している。「内需主導」のマインド・コントロールから解放されて広い世界を目指すべきである。

縮む経済の経営戦略

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よく分かる行動指針を示す

縮む経済を勝ち抜く経営戦略は、基本的には以上の3点に尽きる。問題は、そうした経営戦略をどのように実現するかである。例えば損益分岐点を引き下げるために何が必要かは、多くの経営書に説明されている。シェアを高め、輸出を伸ばすために何が必要かは、個別の業界や企業の事情に応じて異なるだろう。しかし多くの企業に共通する経営面の課題として、ここでは若干のヒントを示してみたい。

1つは、具体的な行動指針を分かりやすく示すことである。多くの企業には、顧客満足とか、最高品質といった会社の基本理念が掲げられている。その場合、どのような顧客を対象とするのか、何によって満足してもらうのか、提供するモノやサービスの品質として大切なことは何か、そうした課題の具体的な内容を分かりやすい言葉で表現することが大切である。そしてその最大の責任者は、社長である。

これまでの社長の中には、「頑張れ」とか「真面目にやれ」とか「うまくやれ」とか、そういう叱咤激励する役割を演じる人が多かった。「頑張れ」と言うことは、これまでと同じことを密度濃くあるいはもっと時間をかけてやれということを意味している。しかし、人口増加社会から減少社会になって市場が縮小していくときに、そのようにして頑張ってうまくいくかというと、そうではないだろう。社長の考えなければいけないことは、人口減少社会の中で具体的に何をしたらいいのか、それからこの会社は何を目指していくのか、一番下の従業員までよく理解できる分かりやすい言葉で伝えることである。「経営戦略を誰にでもよく分かる行動指針にして示すこと」、それが社長の役割である。

経営戦略を実現するためのヒント

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全員がプレーヤーになる

もう1つは、全員がプレーヤーになることである。いわゆる管理だけをする管理者は、もういらない。管理者といわれている人々のこれまでの仕事のかなりの部分は、部下の状況を把握する、それから部下に対して叱咤激励することだった。そういう役割は今でもある程度必要だが、もっとずっと重要な役割がある。それはプレーヤーになることである。
社長の例を取り上げれば、すでに述べたように経営戦略を誰でも分かるような行動指針に変えていくこと、これがプレーヤーとしての社長の役割である。それから営業部長であれば、営業部員の誰よりもお客を獲得して、その上でお客の獲得の仕方を営業部員に指示できるということである。経理部長は経理部の誰よりも経理知識が正確で、かつ間違いを部員に教えてあげられる、それがプレーヤーとしての経理部長である。そのような意味で、全員がプレーヤーになる。社長から一番下の人間まで含めて皆プレーをする。それが大切である。
なぜかというと、プレーすることによって初めて付加価値が生まれるからである。簡単ではないが、会社の全員が、プレーヤーとしての自分の役割を考えるようになれば、その会社は確実に強い会社になる。

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「承継責任」を共有する

今経済社会で一般的に強調されている責任は、「自己責任」である。例えば預金先銀行は自己責任で決める。危険な地域に行くのも自己責任である。預金先銀行が破綻したり、危険な地域で危害にあったりした場合、その負担は他人に転嫁せず、自ら対応するというのが、自己責任の考え方である。その自己責任の前提となっているのは、「人に迷惑さえかけなければ自由」という考え方である。自由に判断・行動して、その責任を自ら引き受けるという自己責任の考え方は重要な原則の1つだが、では他人に迷惑をかけなければ、人は自由なのだろうか。それが問題である。
人に迷惑をかけなければ自由というのは、人のつながりを今という時点で切って横の関係でとらえた規範である。しかし私たちは、今生きている人々とだけ関係を持っているわけでは決してない。

私たちが今ここで生きて豊かに暮らしているという現実は、私たちの先祖が、多かれ少なかれ厳しい危機を乗り越えて必死に生きたという重い事実の上に成り立っている。古い時代の危機は飢饉や戦争だったかもしれないし、最近では外国で流した汗や涙も少なくなかっただろう。そうした縦の時間軸で人との関係を考えるならば、私たちは、何かしらきちんと生きる責任があって、よく生きようとする最低限の努力が必要なはずなのである。

とりわけ会社経営の場合、先人の多くの苦労の上に、現在の会社経営が維持されている。今の会社収入が先人の苦闘の上に成り立っているという自覚に立つならば、私たちは完全に自由ではあり得ない。私たちはきちんと仕事をし、会社を将来に伝えていく重い責任を過去から付託されている。その責任を、ここでは「承継責任」と呼ぼう。そうした承継責任を皆が共有できるよう、折にふれて、会社の歴史を学ぶことが重要である。

これらのヒントは、それぞれ小さなヒントだが、本来会社経営の基本である。その基本を改めて徹底することが、人口減少社会を勝ち抜く力になる。

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