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電報150年の歴史を振り返る「電報今昔」

2020年は、電報が誕生して150周年。電報が誕生したのは、幕末から明治維新にかけての文明開化の時代でした。様々な時代で人生の節目といえるタイミングなどでご利用いただいているからこそ、今なお、その歴史を積み重ね続けています。さて、そんな電報150周年を記念し、本サイトでは「電報今昔」と題し、現在に至るまでの電報の変遷をコラムとしてまとめました。創業当時から電報に携わり、時代の流れで逓信省として、日本電信電話公社として、NTTとして、そしてNTT西日本として携わり続けてきた電報の移り変わりを、時代ごとの電報台紙の画像などとともに振り返ってみましょう。

手紙をはるかに超えるスピードの通信手段、電報
緊急通信手段としてはもちろん、新しい電報利用シーンも
電報文化が慶弔にとどまらない多岐にわたるシーンへ拡大
手紙をはるかに超えるスピードの通信手段、電報

電報は誕生した当時から、日本全国どこへでも届けることができていたわけではなく、その利用区間は東京・横浜間に限定されていました。当初は、文字が刻印された円盤状の取っ手を回して文字を送信するブレゲ式指字電信機が使われていましたが、後に、より通信速度の早い、モールス符号を紙に印字させるタイプのモールス式電信機が採用され、より進化を遂げることに。

とはいえ、創業当時の電報は、受け付けた通信文を局員が毛筆書きして封筒に入れて封をし、配達をするという非常に手が込んだもの。しかし、それだけの手間をかけても、従来の郵便と比較して余りあるスピードを持つ通信手段となったのです。当時の産業や国防を支える基幹産業だった炭鉱や鉱山、官公庁が電報を早くから導入していたといわれています。

そして、1875年ごろには北海道から鹿児島まで電信線が引かれ、電報の利用区間はほぼ全国に広がることに。明治・大正時代を扱ったテレビドラマ等で「チチキトク」などの電報を受け取るシーンが見られますが、この時代から一般の利用サービスが形成されていきます。

緊急通信手段としてはもちろん、新しい電報利用シーンも

インターネットや携帯電話はもちろん、加入電話すら普及していなかった時代において、電報は通信インフラとしても大きな役割を担っていたようです。そんな電報の役割を語る際に、1923年9月1日に発生した関東大震災の無料被災電報の受付実施は欠かせません。震災5日後には、受付を開始し、申込み用紙は自由としたことから、箸袋、古新聞の端などに鉛筆書きで申し込んだものが多かったといいます。震災により多くの人が犠牲となりましたが、大事な人へ自身の無事を知らせるメッセージを電報が届けてくれたことで、心が救われた方も多かったのではないでしょうか。

そして、電報の利用シーンが、幅広く進化を始めたのもこの時代です。1928年7月には決まったサイズまでの写真・絵画などを送ることができる国産写真電信機が誕生し、東京・大阪間で行われた実験は成功。それを受け、同年11月の天皇即位式の御大礼の様子を撮影した写真が京都から東京へと送られました。1930年には、一般向けの写真電報サービスも開始。さらに1947年には模写電報が登場、漢字・数字・図表・図案などをそのまま電送することが可能となり、緊急通信手段としてはもちろん、ビジネスにも有効活用できるような新しい電報のスタイルが生まれました。

また、新しい使い方、という意味では、1934年にスタートした年賀電報も上げられます。その2年後には、定められた例文だけでなく任意の文も使用できる慶弔電報制度が制定。さらに1956年にはクリスマス電報も誕生するなど、電報利用シーンにおいても今につながる基礎が生まれた時代といえるかもしれません。

電報文化が慶弔にとどまらない多岐にわたるシーンへ拡大

電話が一般家庭に普及するまで、緊急通信手段として広く利用されてきた電報ですが、電話の普及と反比例する形でその通数は減少してしまうことに。そうした中、緊急通信手段以外の利用シーンとして増えていったのが慶弔電報でした。慶弔という人生の節目を大切にし、気持ちを届けたいという思いが、慶弔電報利用の大きな原動力になったのではないでしょうか。

節目、という意味では「サクラサク」という電文でおなじみの大学合格電報もあります。2006年2月20日付けの朝日新聞・天声人語で、大学によって、合格・不合格の電文に特徴があって面白かったと書かれています。合格なら「オチャカオル」(お茶ノ水女子大)や「オバコワラウ」(秋田大)、「クジラガツレタ」(高知大)。不合格なら「ダイブツノメニナミダ」(奈良教育大)や「サクラジマバクハツセズ」(鹿児島大)など、その土地や大学名にちなんだ、ユニークな電文が送られていたようです。

そうしたさまざまな用途での電報利用を加速させたのが、1985年にサービス開始された「メロディ電報」でした。他にも、おし花・刺しゅう・うるしなどの電報台紙が次々と生まれます。その後、人気キャラクターのぬいぐるみの電報台紙をはじめ、2005年には年賀専用電報台紙として干支をモチーフにしたぬいぐるみの電報台紙が登場しました。

また、電報を受け取った後も飾って楽しんでいただけるプリザーブドフラワーの電報台紙、化粧筆の電報台紙、線香付き電報なども誕生。加えて、2014年にはカタログギフト電報が販売開始されるなど、バラエティーに富んだ電報台紙が数多く生まれることに。そうした多岐にわたる電報台紙の誕生により、慶弔だけではなく、誕生日や記念日などの身近なお祝いからお彼岸や新盆のご挨拶など、その用途はどんどん広がっていくことになりました。その申込み方法についても、電話やFAXからだけではなく、インターネット上でできるように。1997年から提供開始となったNTT西日本のインターネット電報D-MAILにより、24時間受け付け可能となっています。

※掲載の画像は一部を除いて「逓信総合博物館」(2013年閉館)所蔵物です。

現在、スマートフォンが普及し、SNS、メッセージアプリなど数多くのコミュニケーション手段があふれてはいますが、冠婚葬祭をはじめとした節目節目のタイミングで使われ続けている電報。それはなぜか。そこには、電報創業当時から続く、緊急時をはじめ、特別なときに大切な思いを形にし、受け手に届けるという電報の本質が大いに関係しているのではないでしょうか。普段は電話やSNS、メッセージアプリで伝える気持ちを、特別なタイミングにおいては電報を利用することで、いつも以上の感謝や喜びといった思いを込められるはずです。

そういった皆さまの思いを込めて、言葉のギフト、電報を大切な方へ送ってみてはいかがでしょうか。NTT西日本は引き続き、皆さまの思いを紡ぐ電報サービスの提供に取り組んでいきます。

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