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沖縄支店

特賞(作文の部)

5学年の部 金武小学校 大嶺 葉南
「まほうの言葉」
 
 「今日も一日がんばってね。いってらっしゃい。」
毎朝母は、玄関先でそう言いながら私を送り出してくれます。私も
「いってきまーす。」
と返事をして家を出ます。わが家の日課です。ね不足の時、ちょっとつかれている時、体調が万全ではない時、きっと私の顔はくもっています。それでも母に、
「今日も一日がんばってね。」
と言われると、私はなぜか気持ちを切りかえて、登校することができます。私にとって母のその言葉は私を元気にする「まほうの言葉」です。
 私には目標があります。行きたい中学があるのです。その目標に向かって、毎日勉強に力を入れています。でも、宿題をしているとわからないこともよくあります。
「あー、やっぱりわからないよ。」
何度か自分でチャレンジして、それでも解けない問題にぶつかると、めげそうになります。そんな時はいつも母がいっしょに考えてくれます。
 「こうやって解くと、答えが出せるかもよ。がんばってみて。」
母のヒントによって、私は問題をクリア!
「できたー。お母さんありがとう。」そう言って、私は家での勉強を進めています。母は私の勉強によく付き合ってくれます。母がそばで見ていてくれるから、私は目標に向かってがんばれるのだと思っています。でも、そんな気持ちははずかしくて、なかなか伝えることはできません。家の仕事や私の勉強をみてくれたりして、いそがしい母は、職場から持ち帰った仕事を、夜おそくしています。私が寝たあとに。 「私がお母さんだったら、きっといそがしいから後にして、と言って、宿題をみたりすることはしないだろうな。」
と思ったりします。でも母はちがいます。どんなにいそがしくても私のことを優先してくれます。いつも自分のことは後回しの母です。そんな母に私はあまえてばかりです。
 でも、そんな母とけんかをすることもあります。母に注意されたことに私が反こうするのです。そんな時の母はとにかくこわいです。
「直しなさい。それは葉南が悪いでしょ。」
母のきびしい一言に私は反発と反せいをくり返しています。
「あー、また反こうしてしまった。悪いのは私のほうなのに。」
母と言い合ったあとはいつもそう後かいするのに、何度も同じことをくり返しています。でも母は、私がまちがったことをしたら何度でもきびしくしかります。私のことを考えてくれるからこそだと思っています。
 母にほめられることが何よりも私はうれしいです。いつも笑顔で私をほめてくれます。
「すごい、がんばったね。前はできなかったのに。」
「手伝ってくれてありがとう。とっても助かっているよ。」
「がんばった成果だね。すごいよ。」
母からのそんなほめ言葉が、私のやる気につながっています。がんばったらがんばった分だけ母がほめてくれます。認めてくれます。だから私は目標に向かってがんばれるのだと思います。
 私は持久走が苦手です。何度練習してもタイムがちぢまらなくて、もうやりたくない、となげだしたこともあります。でも母は
「一番ではなくてもいいんだよ、少しずつ上達していけばいいんだよ。」
と言って私をはげましてくれます。母にそう言われると、またがんばる気持ちがわいてきます。朝の声かけといっしょ。やっぱり母の言葉は私にとって「まほうの言葉」です。
 私のために、一生けん命なお母さん。いつも私たちのために汗を流してくれるお母さん。つかれているはずなのに、いつも笑顔のおかあさん。料理が上手で私の体を大切に思ってくれるお母さん。はだのきれいで私のあこがれのお母さん。
 母へ伝えたいメッセージをならべると、きりがありません。私はあらためて、自分は母のことが大好きなんだと気づきました。そして、私の最終的な目標は母のようなお母さんになることだと思っています。
 今日も私は母の「まほうの言葉」をもらって登校してきました。だから、今日も一生けん命がんばれると思います。
「お母さん、ありがとう。」
 
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