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沖縄支店

特賞(作文の部)

4学年の部 西原東小学校 仲宗根 彩葵
「お母さんのありがたさ」
 
 「えっうそ!?」
 三月のある日。家族のだれもが予想しない出来事がおこった。なんと、お母さんが入院してしまったのだ。一週間前からねつがあり、仕事にいっては、早く帰ってきて、私が帰ってくると、ぐったりと横になってねているすがたを見て、とても心配で仕方がなかった。
 だから、入院したと聞いた時、心ぞうが止まりそうだった。
 それからお母さんが家にいない生活が始まった。お母さんのいない朝は、想像以上に大変だった。
「お父さーん。朝陽の水着、ないんだけどー。」
「お父さん。式服どこにあるの。」
「お父さん。水とうに水、入ってる?。」
「お父さん。おたより帳書いて。」
「お父さん。上ばきどこ。」
みんな大さわぎだった。
 お父さんも困った様子で、病院にいるお母さんに電話をかけていた。
 ようやく探し物が見つかり、お父さんはほっとしたようで、私たちも学校へ出発する事ができた。
 その日の夜、私はおばあちゃんの夕食作りの手伝いをした。お母さんがいない今、何か私にできる事がないかと考えると夕食を作っているおばあちゃんのすがたが目に入り、手伝わずにはいられなかった。
 お母さんが入院してしばらくたったころ、私はお見舞に行った。お母さんのうでには、点てきのくだがつながっていて、見ていられなかった。でも、お母さんは思ったよりも元気そうで、
「みんな元気?心配かけてごめんね。もうすぐたいいんできそうだからね。」
といってくれたので私は少しほっとした。と同じに久しぶりにお母さんの顔がみられて、うれしかった。
 お母さんのいない間お兄ちゃんはせんたく物をほしたり、取りこんだり、私は夕食作りの手伝いやせんたく物をたたんだりした。弟たちはのんきなものだったが、明日のじゅんびを自分でしたり、くつならべをするほどになっていた。こんな事を全部、お母さんがやっていたかと思うと、毎日の大変さが、身にしみてかんじて、お母さんのたいいんする日がまちどおしかった。
 そしていよいよたいいんの日!わたしは、ゆうえんちにでも行くかのように、ワクワクした気持ちでいっぱいだった。
「たっだいまー。」
 元気なお母さんの声が家中にひびきわたった。私はすぐに、お母さんかけよった。弟たちは
「お母さーん。お母さん。おかえりー。」
と、とび上がってよろこんでいた。とくに一番下の弟は、入院している間一度もお母さんに会えなかったので、お母さんにとびついて、だっこをしてもらい、とてもうれしそうだった。
 お母さんがたいいんしてしばらくたったころいっしょに買い物へいった。
「ねぇ今日夕食ぎょうざにして。」
「いいよ。じゃあいっしょに、おいしいぎょうざを作ろうかとびきりのね。」
「よーし。」
 私は、お母さんと会話をしながら買い物を楽しんだ。お母さんのいるふつうの生活がどんなにありがたいかを感じた。
 今回の出来事で私の知らないお母さんの世界がたくさん見えてきた。これから私も自分にできる事をみつけてがんばり、お母さんを助けて少しでも家族の役にたてるようにがんばりたい。
 
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