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織田信長ビジネスでも 天下布武  織田信長が、株式会社ADUCHIの社長秘 書となり、しばらくたったある日のこと。 「信長君、今日の予定はどうなっているかね?」 「午前中は、清洲製菓社長との会議、足利鉄工 との打ち合わせ、午後から石山出版へのあいさ つ…」 「どうした?続きを言いたまえ」 「…社長、今のわが社の状況をご存じでござる か?」 「何だ、やぶから棒に」 「あまりにも事業を広げすぎでござる。このま までは、どの事業も先細りになる可能性があり ますぞ」  信長は、多岐にわたる事業を展開することで ライバル企業が増え、不採算部門が増えてきた 自社の姿に不安を感じていた。かつて自分が陥っ ていた1571年(元亀2年)の武田家・浅井 家・朝倉家・本願寺・延暦寺・松永家などによる 包囲網を思い出していたからだ。  時の将軍・足利義昭により、反信長ネット ワークを築かれ、織田家滅亡すらあり得たピン チ。それを「全ての勢力と争っていても物量で勝 てるわけはない。どこかへ攻撃を一点集約して 突破口を開く」と、「ランチェスター戦略」でいう 一点集中主義.によって辛くも脱した経験を 踏まえて、信長は社長へこう提言した。 「社長、攻撃は一点に集約すべきでござる。ワシ は延暦寺を焼き討ちにし、徹底的に叩いた後に 各勢力との講話や戦いに臨み、包囲網を突破い たした。わが社が劣勢になりつつある今こそ、引 き算でシンプルな勝負に持ち込むことが、勝機 につながりまするぞ」  秘書・信長の提言により、株式会社 ADUCHIは、採算部門であった名物茶器の 輸出入・販売部門に事業を集中し、国内トップ のシェアを獲得するに至ったという。もちろん、 どの部門にリソースを集中していくかは、名物 茶器好きで有名な信長の好みがものを言ったと か言わなかったとか。  その後、順調な経営を続けていた株式会社 ADUCHIだが、重大な事件が発生。情報シ ステム部門の社員が、システムメンテナンスの操作 を誤ったことで顧客情報が漏えいしてしまった のだ。 「戦国新聞です。今回の情報漏えいについて、社 長はどのようにお考えですか.」 「えー、この度の情報漏えいについては、私もうか がい知らぬところでございまして…誠に遺憾で ございます…」  社長の謝罪会見後。信長は社長をこういさ めた。 「社長、あの謝罪会見の言葉…組織のトップとは 思えない発言でございましたな」 「何だと.」 「組織の長とは、配下全ての行いに責任を持って しかるべしでござる。あれでは、社長の無責任さ が世間にPRされたに過ぎませぬぞ」  信長は思い出して いた。1582年(天 正 10 年)の6月2日、 京都・本能寺で、腹心 のひとり・明智光秀の 謀反により、覇業半ば にして倒れたときのこ とを。家臣・羽柴秀吉 の中国・毛利家攻めに 加勢すべく、本能寺で 帯陣していたあの日、信長は光秀謀反の一報を 受けて思った。「是非に及ばず」。つまり、光秀が 反旗を翻したのなら、しっかりと導いてやれな かった上司である自分の責任なのだと。部下の 非は全て自分の責任でもあると、我が身で感じ たからこそ信長は、社長にこう苦言を呈した。 「社長、トップの心得は『是非に及ばず』でござ る。実際に部下に裏切られ、人生の末期に、ワシ が感じたことですから間違いござらぬ。部下の 行い全てにおいて責任をとるからこそ、トップた り得るのですぞ…」  謀反を起こされたくなかったからだろうが、 信長の提言をきっかけに、社長は心を改めた。 自身が指揮を執って社内のセキュリティーリテラ シーを高めるプロジェクトを推進。他社の模範と なるほどの仕組みを作りあげたのだとか。  秘書・信長の支えにより、大きく成長した株 式会社ADUCHI。社名を変え、太閤コーポ レーションとして日本に君臨するようになった同 社の社長の傍らには一人の秘書がいたという。 農民から関白にまで成り上がったあの男.の活 躍は、また別の話。 企業の経営トップなどが 最高のパフォーマンスを発揮できるよう、 スケジュール管理や文書作成などの 業務を行い、時に重要な資料作成や 予想外の事態への対応も迫られる秘書。 もしも、そんな現代の秘書を 歴史上の有名人が務めたら…。今回は、 織田信長が秘書として社長を支えます。 攻撃は一点集約でござる トップの心得は 「是非に及ばず」でござる ※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係はありません。 能あるうつけ.は ツメ.を隠す 19  SUMMER  SUMMER 18