カツオはなぜよい子に育ったのか

写真:鳥越 皓之
『サザエさん』に学ぶ人材育成の根幹 2008年7月
鳥越 皓之/早稲田大学 人間科学学術院 教授
あらゆる業界で激しい競争が繰り広げられている現代社会では、ともすると職場が社員を疲弊させる場所となってしまうことも少なくない。社員を育て、幸せに するにはどうすればいいのか。『サザエさん』に描かれた、他人同士の小さな親切が当たり前のようにある世界観の中に、そのヒントがある。

PDFダウンロード

プロフィール

1944年沖縄県生まれ。69年東京教育大学文学部史学科(民俗学)卒業。
75年同大学院文学研究科社会学専攻博士課程単位取得満期退学。文学博士(筑波大学)。関西学院大学副学長、筑波大学大学院社会科学研究科長などを経て、2005年4月から現職。

主な著書

写真:主な著書

社員を幸せにする職場 社員を疲弊させる職場

朝日新聞の天声人語(2008年5月26日付)によると、仕事上のストレスから心を病む人の数が過去最多になっているという。そして「成長期には、社員の頑張りが会社を大きくし、皆を幸せにした。いまや競争と成果主義が職場を支配し、空気はとげとげしい」と指摘している。こうした状況に何らかの軌道修正が 必要と感じる人は多い。

『サザエさん』のマンガとテレビアニメの両方に目を通すと、一つ面白いことに気がつく。それはカツオのキャラクターが時代とともに変わっているということだ。この工夫は考えてみれば当然である。『サザエさん』がマンガで登場した昭和21年から現在まで約60年、この間の日本の変化は大きかった。その変化の中で『サザエさん』は生き延びてきた。生き延びるためには、やはり時代の変化を吸収する必要がある。その役割をカツオが一身に引き受けたとも言えよう。

PAGETOP

注目すべきカツオのコミュニケーション力

もともとのカツオはいたずらっ子である。姉のサザエさんを悩ませる存在であった。ところがアニメを見ている現在の我々にとって、カツオのイメージはどのようなものであろうか。カツオがとてもよい子に見えないだろうか。こんな子が近所にいたら、「アァ、いい子だね」ときっと言うに違いない。

カツオの特に目立つところは、近所のおじさんとも、タラちゃんやイクラちゃんなどの年少者とも、気軽に付き合っている点である。現代風に言うと、コミュニケーションの達人なのである。

こんなシーンがある。カツオが塀の外から梅を眺めて、立派な梅だと感動している。玄関にいたその家のおじいさんは「としににあわず風流な」と喜んで、そんな場所では梅をうまく観賞できないと邸内に案内する。カツオは「ま、一ぷく」とお茶を出されて歓迎され、謡うたいまで聞かされて弱るのが笑いなのである。

どうだろう、このコミュニケーション力は。カツオの存在はおじいさんをハッピーにさせている。

では、カツオはどのような教育を受けて、よい子になったのであろうか。

PAGETOP

みんなが幸せであるための「平凡教育」 他者との差異化をめざす「非凡教育」

この問いに、熱心な『サザエさん』のファンは、はたと困るであろう。なぜなら、カツオは家庭科や体育を除いて得意な科目がないのである。

この辺りのことを民俗学者の柳田國男が見事な教育論で説明をしている。彼によると教育には「平凡教育」と「非凡教育」の2種類があるという。

平凡教育とは、生きていくための知恵や、みんなが幸せであるための知恵の伝授である。昔の村で言えば、田の耕し方、魚の捕り方、神様に対する礼儀、目上の人や異性に対する接し方、集まりでの雰囲気の醸し方などである。これらは“みんな”が、同等にマスターすることが要求されている。

他方、非凡教育とは、他の人とは異なることをめざす教育である。近代になって発達し、現在、異常なほどに先鋭化している。学校教育が典型で、「隣のA君よりもよい成績を取りなさい」という差異化の教育である。

この非凡教育は、競争を通じて上昇志向を鼓舞したし、他と異なる自分の意見を持つことができる長所を持っていた。従って、高度な近代化に適合する側面を持っていて、組織のリーダーの中には、これをうまくマスターした人々が少なくない。

PAGETOP

平凡教育の優等生が組織の基礎を固める

けれども、平凡教育の方の成果を身につけていたのがカツオであって、この教育の優等生は、身近な人だけでなく、見知らぬ遠い人とも、友人のようにコミュニケーションができるのである。それは人をハッピーにするだけでなく、組織の基礎を固める力を持つ。カツオは立派な梅だと感動したり、面白いと思うことを率先して行動したり、いわば相手との「心の共生」によって、楽々とコミュニケーションを成立させている。この「心の共生」が平凡教育の要であり、現在の我々 が『サザエさん』を支持し続ける理由でもある。

会社も含め、組織というものは非凡教育的な競争をすることがしばしば常態となる。それも必要なことであるが、他方、会社は人間から形成されている組織である。平凡教育というまなざしを通して、改めて組織を眺めると、意外な優等生の姿が見えてくるかもしれない。

PAGETOP
PDFダウンロード

本内容はPDF形式でもご覧いただけます。上記「PDFダウンロード」ボタンよりファイルをダウンロードの上ご覧ください。

Adobe(R) Readerをお持ちでない方は、左のバナーをクリックしてダウンロードしてください。

※お客様がご利用しているOS及びアドビリーダーのバージョンにより、レイアウトが崩れるなどの事象が発生する場合があります。

本ホームページに掲載されている会社名、商品名は一般にメーカー各社の登録商標または商標です。
本ホームページの無断転載、引用はお断りいたします。

PAGETOP

審査 16-2826-1

Copyright(C) 1999-2017 西日本電信電話株式会社
バックナンバー RSS