本田宗一郎に最も叱られた男が語る叱りの哲学

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写真:岩倉 信弥
何のために叱るのか 2007年6月
岩倉 信弥/元・本田技研工業常務 多摩美術大学教授・理事
「世界のホンダ」の創業者・本田宗一郎氏は、社員がいい加減な仕事をすると、体を震わせるほど真っ赤になって叱ったという。本気で叱ってくれる本田氏を、社員たちは愛情を込めて「オヤジ」と呼び、そして慕った。本田氏に、最も叱られたのではと振り返る岩倉信弥氏が、本田氏から学んだ叱りの哲学を語る。

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プロフィール

1939年和歌山県生まれ。64年多摩美術大学卒業、本田技研工業入社。本田宗一郎氏の薫陶を受け、ホンダ車のデザイン、商品開発の担い手となる。95年常務取締役。その後、立命館大学経営学部客員教授、(財)日本産業デザイン振興会理事など歴任。現在、多摩美術大学生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻学科長。本田技研工業・社友。経営学博士。

主な著書

写真:主な著書

「雷オヤジ」の哲学

昔から怖いものといえば「地震、雷、火事、オヤジ」。しかし最後にある「オヤジ」は、このところすっかり威厳をなくしている。「オヤジ」という言葉を聞くと、16年前に亡くなったホンダの創業者・本田宗一郎さんを思い出す。本田さんは、社員たちから「オヤジ」と呼ばれていた。でも若い我々にとっては、ただの「オヤジ」ではなかった。

「雷オヤジ」、それも、その「カミナリ」は特大の音を立てて落ち、叱られると本当に怖かった。夢で何度もうなされたほどである。が、この「雷オヤジ」、技術者として非常に謙虚な人で、技術は「世のため人のため」にあるとし、技術のために一人歩きする技術を大変嫌った。「技術の鬼」とはこういう人のことをいうのだろう。

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叱りに込められた人間への愛情

こんなエピソードがある。私が研究所にいたころの話だ。鈴鹿工場に新設された「ホンダH1300セダン」の溶接ラインの前で、「これをやったのは誰だ!」と本田さんが怒っているという。塗装前の車体が溶接の仕上げ工程で止まっているらしい。そこでは、スポット溶接※のつなぎ目や打痕をハンダで埋めて対応していた。ハンダ付け部分にはデコボコが残るため、表面を削って滑らかにする作業を行わなければならなかった。

ラインの責任者が「溶接の精度が上がれば生産ラインはスムーズに流れるようになります」と答えたが、「そんな問題じゃないんだ!」と怒鳴られてしまったらしい。「すぐ担当者を呼べ」という話が研究所に届き、若い私が行くことになって、取る物も取りあえず新幹線に飛び乗った。

本田さんは、私を見るなり「君は人を殺す気か!」と大勢の前で怒鳴り付けた。ハンダは鉛と錫の合金で、鉛の粉塵は身体に悪い。それを長く吸っていると作業者の命にかかわる、というのだ。

この「カミナリ」は、のちに大発明を生み出すことになる。

※金属板を重ね、上下から電極で挟んで加圧し結合する溶接法。電流が一点に集中するため溶接部は点状になる。簡便で強度も大きい。

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本気で叱ることが生み出した大発明

そのころ研究所では「ホンダH1300クーペ」のクレーモデル(粘土模型)製作が進んでいた。本田さんはこちらについても「どうするんだ」と問いただした。私は設計部門からは先のH1300セダンと同じやり方だと聞いていたものの、そんなことを言える雰囲気ではない。「これからです」と答えてその場を凌いだ。

ところが本田さんは研究所に来る度に「どうした」「どうする」と厳しく迫り、みんな悲鳴を上げた。このこだわりの凄さに、やっと「そんな問題じゃないんだ」の本当の意味が分かってきた。「安全なくして生産なし」との、製造業の基本を言っていたのだ。鉛公害など話題にも上らない、40年も前のことである。

こうしたやり取りを経て採用された案は、鉄板のつなぎ目となる部分に溝を設け、そこでスポット溶接を行い、その溝底部の溶接打痕を長い帯状の型ゴムで埋めて隠す方式。これによりハンダを使わずにボディーを結合することが可能となった。「人命第一」という哲学的な「叱り」がひらめきを生み、大発明へとつながったのである。

この新しいやり方は、高い剛性の車体構造を生み、瞬時にボディー全体を結合する溶接方法を創り出す。商品には軽量化や衝突安全性の向上というメリットをもたらした。今では世界中のどのメーカーも、当たり前のようにこの方式を使っている。

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叱る真意

本田さんは本気で叱る。口より先に手が出ることもしばしばであった。が、叱ったあと本田さんは決まって「ああまで言わんでも……。俺もバカだな」と頭を掻いていたと聞く。失敗しようとして失敗したわけではなく、自分が急かしたことにも原因があると感じていたからだ。

失敗について本田さんは「サルも木から落ちる」になぞらえて、「木登りが得意なサルが心の緩みで木から落ちてはならない。それは慢心や油断から生じることだからだ。しかし、サルが新しい木登り技術を得るために、ある『試み』をして落ちたのなら、これは尊い経験として奨励に値する」ととらえていた。

つまり、進歩や向上をめざす過程で、結果的に発生した失敗には寛容だった。そうした失敗は、教科書にはない教訓を与えてくれ、その積み重ねが強さとなる。特に若いころの失敗は、将来の収穫を約束する種だ。原因を追及し、そこから新たな工夫のヒントを探り、次の試みに意欲を燃やせばよい、としていた。

本田さんは、若いエネルギーをたたえ、「若さとは困難に立ち向かう意欲であり、枠にとらわれずに新しい価値を生む知恵だ」として尊重した。こうした若さへの寛容の心は、次に会った際の本田さんの「おお、すまなんだ」という言葉や笑顔に詰まっていた。その一言に表される思いは、叱られた者にも十分に響き、そこには世代を超えた心と心の通い合いがあった。「カミナリ」は「神なり」ということか。それは、まさしく神のお告げなのかもしれない。

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