「明日の勝者」を目指し、「敗者の美学」から「勝者の美学」へシフトしよう

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写真:二宮 清純
敗者に必要なのは同情ではなく次の“チャンス”だ 2005年06月
二宮 清純/スポーツジャーナリスト
今日の勝者が明日の敗者かもしれず、逆に今日の敗者が明日の勝者になるかもしれない─。
そんなスポーツの世界で、「明日の勝者」を目指すアスリートたちを取材し続けてきた二宮清純氏に、敗者と勝者を分かつものは何なのか、勝者になるために必要なのは何か、「勝つ」組織を作るにはどうしたらいいのかを聞いた。

プロフィール

1960年愛媛県生まれ。日本大学卒業。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。フリーのスポーツジャーナリストとして国内外で取材活動を展開。新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどで幅広く活躍する。
企業向けセミナーでの講演も多数。主な著書に、「勝者の思考法」「『超』一流の自己再生術」「勝者の組織改革」(以上、PHP新書)「奇跡のリーダーシップ―チームをNO.1にした男たち―」(小学館)「日本プロ野球改造計画」(日本評論社)などがある。

主な著書

写真:主な著書

敗者に必要なのは同情ではなく次の“チャンス”だ

―「敗者の美学」という言葉で、敗者を美化する日本人のメンタリティを表されていますが、これはどのようなものですか。

二宮:勝つか負けるか二つに一つしかないスポーツの世界で、勝利は至上の価値を持っています。勝利をただひたすらに求めて、自らの心身を鍛え、知恵を絞り、多くの犠牲を払いながら全力を傾けて努力するアスリートたちの姿を見ると、それがよく分かります。また、心の底から「勝ちたい」と思う者同士が戦うからこそ、私たちはスポーツを楽しむことができるのです。

ところが日本のスポーツ界を見ていると、勝利にそれほど大きな価値を認めていないのではないかと思うことがあります。号泣する敗者に対して「よくやった」「最後まで頑張った」とエールを送る観客、「大事なのは結果ではない。一生懸命に努力をしたかどうかを評価すべきだ」と語るスポーツの指導者やマスメディア。さらには、アメリカW杯を土壇場で逃した日本サッカーの“失敗”を「ドーハの“悲劇”」と呼び、涙を流しながら感動する、その背景には「敗者の美学」とも言うべき日本特有の美意識が横たわっているのです。

―敗者を美化する日本人のメンタリティは、どのように形成されてきたのでしょうか。

二宮:満開の桜よりも散り際の桜を美しいと感じるように、「滅びの美学」ともいうような伝統的な価値観があるのでしょう。それは、台風や地震という災害の多い風土で醸成されてきたものかもしれません。

また、敗者と弱者が明確に区別されず混同されていることも、「敗者の美学」が根強く残っている原因でしょう。社会全体で救いの手を差し伸べなければならない人々―例えば障害者、子ども、高齢者など―は確かにいます。しかし、それは弱者であって敗者ではありません。

―敗者に必要なのは何だとお考えですか。

二宮:敗者に必要なのは、同情や保護ではなく、失地回復のチャンスです。「なぜ失敗したのか」「その責任は誰にあるのか」といったことを、感情に流されず、理性的に考え、変革すべきところは変革することです。

今日の勝者が明日の敗者かもしれず、逆に今日の敗者が明日の勝者になるかもしれないのが、スポーツの面白いところです。敗北を受け入れるところから、「明日の勝者」になる道は開けるのです。敗北にカタルシスを得るのではなく、「勝者の実学」にもっと光を当てていくべきではないでしょうか。「結果の平等」から「機会の平等」へシフトすれば、社会活性のダイナミズムも生まれてくるはずです。

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二者択一の議論に陥ることなくより大きなシナジー効果を目指そう

―「勝者の実学」のポイントを教えてください。

二宮:目的を明確にし、目的達成の確率をより高めるための条件付けをしっかりやることです。

ところが日本の組織は、目的よりも手段を大切にする傾向があります。組織的な中盤を作りながら得点を奪えない日本代表のサッカーを見ていると、決定力不足は永遠の病ではないかと思うほどです。サッカーの目的はゴールです。どんなに組織的な中盤であっても、華麗なパス回しであっても、ゴールを奪うことができなければ得点にはならず、従って勝つこともできません。

とはいえ、もちろんシュートの練習だけしていればいいということではありません。中盤の押し上げがあって、ゴールが生まれるのであり、「どちらか」片方だけを鍛えれば良いというものではなく、「どちらも」大事なのです。

―二者択一の議論は、「木を見て森を見ず」のようなものですね。

二宮:そうです。例えば、野球における「世界戦略か国内体制の充実か」という議論がその好例です。世界戦略をきちんと見据えた上での国内体制の充実が求められ、また国内体制を充実させてこそ初めて世界戦略が具現化するのであり、選択を迫ること自体がナンセンスです。野球マーケットの拡大、活性化という本来の目的を見失っているから、このようなオール・オア・ナッシングの議論になってしまうのです。

野茂英雄はメジャーリーグに行く時、「英語を話せないと不安ではないですか」という質問にこう答えました。「英語を覚えにアメリカに行くわけではない。野球をやりに行くんです」。僕はこの時、「野茂は成功する」と確信しました。目的が明確でありさえすれば、手段は後からついてくるものなのです。

―勝つ組織にするためには、まず何から変革していけばいいのでしょうか。

二宮:組織を変革するためには、個々人の自覚が求められます。どんなに練習熱心で、ブルペンでは素晴らしいピッチングを披露したとしても、マウンドに立った時に冷静でいられなければ、勝つことはできません。冷静に判断する力を個々人が持つこと、想像と創造の2つの“そうぞう力”がキーワードになります。

それと、失敗を恐れず、失敗を役立てるということです。例えば、回春剤として知られるバイアグラは、もともと血圧の抑制を目的として作られたものだそうです。“副作用”があって、このままでは血圧抑制剤として使えない―、これで終わればただの“失敗作”だったのですが、「それならいっそ、回春剤として売り出せばいいではないか」と発想を転換。あの大ヒット商品が生まれたわけです。

否定するのではなく、肯定していく、もっと言うなら“面白がる”心の余裕、遊び心というものが大切なのではないでしょうか。

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才能は「教える」のではなく「認める」ものだ

―名監督、名コーチと言われる人の共通点というものはありますか。

二宮:監督の役割は、それぞれに個性のある40種もの原酒をブレンドし融合させるウイスキーのマスターブレンダーに似ているかもしれません。個性をつぶしたり、矯正したりするのではなく、個性を最大限に生かしつつ、チームにとって今必要なものは何か、そのためにどの選手を当てはめるかを考えることが監督の仕事なのです。

私が名監督として第一に挙げるのは、巨人、西鉄、大洋と全くタイプの異なる3つのチームをいずれも日本一に導いた三原脩です。理念という型に人をはめ込むのではなく、人材に応じた器を作る。だからこそ彼が作ったチームは1つとして同じものがありません。「選手の欠点を直して平準化するよりも、長所を伸ばして武器にする方が良い」。この考え方は、三原の教え子である仰木彬へと受け継がれ、そのもとから野茂、イチローという才能が開花しました。才能は、「教える」のではなく「認める」ものだというのが、彼らの信条と言っていいでしょう。

―組織を引っ張るリーダーに求められる資質は何だと思われますか。

二宮: 私は、かねて、組織を引っ張るリーダーの資質として「パッション(情熱)」「ミッション(使命)」「アクション(行動)」の3つを挙げてきました。その3つを兼ね備えていたのが、Jリーグを作り初代チェアマンとなった川渕三郎です。Jリーグ発足を議題にした日本サッカー協会理事会の席上で、ある幹部が「日本にプロサッカーリーグを作るのはまだ早い。時期尚早だ」と発言した時、川渕は席を立ってこう言い放ったのです。「今、時期尚早と言う人は、百年たっても時期尚早と言うだろう」。リーダーとして成功しない人間ほど「時期尚早」「前例がない」という言葉を使うように思います。川渕は、中央集権型で企業の広告・宣伝媒体のための日本のスポーツを地方分権型で地域密着のものに変える、という使命を持ち、実際に陣頭指揮を執ったのです。私は、今でもあの発言がなく、決断のないまま、Jリーグの立ち上げが先送りにされ続けていたらどうなっていただろう、と考えることがあります。

組織を変革するには、個人の意識変革が必要不可欠ですが、そのためにもリーダーは決断を先送りにすることなく、一歩前に出る勇気を持つべきでしょう。

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