「夢を育てる経営」

写真:守島 基博
社員が“夢”を見られる会社のつくり方 2005年12月
守島 基博/一橋大学大学院 商学研究科 教授
成果主義の導入や人員削減、職場管理強化が進められる中で働く人の多くは疲弊し、夢を失っている。企業はいかにして社員のモチベーションを高め、会社の原動力とも言うべき夢をはぐくんでいけばよいのか。「夢を育てる経営」の具体的手法を提示する。

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プロフィール

1980年慶應義塾大学文学部社会学専攻卒業。86年米イリノイ大学大学院産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。同年カナダ・サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。
90年慶應義塾大学総合政策学部助教授。99年慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。2001年から現職。
主な著書に『21世紀の“戦略型”人事部』(編著:日本労働研究機構)『会社の元気は人事がつくる−企業変革を生み出すHRM』(共著:日本経団連出版)『人材マネジメント入門』(日経文庫)など。

夢の役割

経営において、人の活性化とか、モチベーションとか、夢とかについて語ることが多くなってきた。多くの企業で、バブル経済崩壊からの経営立て直しが一応終了して、今後も株主を重視し、コスト削減と業務効率化の努力は怠らないものの、同時にこれまでかなり厳しい扱いをしてきた従業員のことを考え始めたのだろう。

実際、成果主義の導入、人員削減、職場管理強化の嵐の中で、働く人の多くが疲弊し、夢を失っている。心の問題を抱えた従業員がいる職場は増加しているし、仕事のプレッシャーによる自殺者の数は一向に減らない。さらに経済学者によれば、社会的なレベルで見ると、資産や所得の格差が大きくなり、そうした格差が世代を超えて、固定的になっているという。昔に比べて、働きにくい、生きにくい世の中になってきた、というのが多くの本音である。

そこで夢が語られるようになってきたわけだが、夢の回復は、容易ではない。なぜならば、戦後の高度成長の中で、私たちは、自分の夢を実現することの喜びを忘れてしまったし、企業経営もそのための仕組みを失ってしまった。思い返せば、戦後の日本は、大きな夢が提供されていた時代だった。大きな夢の一部として、働き手が、自分の夢を切り取り、実現することに、小さな夢を見た。しかしながら、夢を提供されることに慣れてしまい、企業や働く人が自ら大きな夢を見る力は弱ってしまった。

だが今また、戦後の混乱期に多くのベンチャー企業家が、夢を持ってホンダやソニーなどのような企業を作り出したように、夢に動かされる人々が社会を変えていく時代が戻ってきたように思う。実際、今、私たちが日本経済立て直しの主役として大きな期待を寄せている企業の多くは、少し前はベンチャーだった企業である。多くが、創業者一人の夢から出発したものだ。

夢は会社の原動力なのである。ベンチャーや社会的価値などという、大きなことを言わなくても、会社が大きくなるためにも、働く人が活き活きと働くためにも、夢の役割は大きい。そのため、働く人の夢をはぐくみ、育てていく支援を企業が行うことが、経営にとっても、働く人にとっても必要になってきた。社員が夢を持ち、それを育てていくために、企業は何をすればよいのか。

「夢」が失われた背景


「社員が持つ夢」の役割

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夢を育てる

まず大切なのは、夢は生き物であり、育てる対象であることを認識することである。栄養を与え、成長を見守り、さらに大きく育てる努力をしないと夢は死んでしまう。場を準備して、それで「夢を持ってください」で夢が持てれば、簡単な話である。だが、その方法で夢を持つのは、少数の限られた人材だけになってしまう。育てることをしないと、多くの人がどうしてよいかわからず、夢を持たないことを正当化し、文句を言いつつ、会社の目標を自分の目標として受け入れるだけの存在になってしまうだろう。

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まずは会社が夢を持つ

社員が夢を持つために、企業ができる第一の支援は、やや逆説的だが、企業自体が、夢を持つことである。企業だから、夢というよりビジョンという言葉のほうが適切かもしれない。会社がどこに進んでいるのか。何を目指しているのか。ビジョンが明確になっていて、さらにそれが働く人にクリアに伝わっていることが大切である。企業のビジョンは経営企画室や社長の頭にあるだけでは夢とはいえない。社員にきちんと伝えられてこそ、夢を持った企業となる。

このことは、別の言い方をすれば、リーダーシップだといってもよい。リーダーシップの根本を簡潔に言い表すとすれば、それはビジョン構築能力である。当然のことだが、リーダーは、フォロワーとセットになった概念である。そしてフォロワーは、何についてくるかといえば、それは進むべき道を示したビジョンについてくる。逆に、よくいわれるような、人間関係を維持するとか、課題を構造化するなどのリーダーシップ行動は大切だが、それだけでは人はついてこない。今の会社で、人柄の良い人や仕事をうまく指示できるだけの人についていくのは、余程のお人好しだろう。

リーダーが、人をわくわくさせるような夢をクリアに語ることができたら、もう半分勝負はあったようなものである。働く人は、そこに自分の夢をかけるに値すると思うからだ。そこから社員が夢を持つプロセスが始まる。会社が夢を持つことが、社員が夢を持つための大前提である。

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そして社員に自分の夢を語らせる

すべての夢はある意味ではパッションから始まる。強い思い、熱き心、といってもよい。何かを強く欲するとき、私たちは、それを夢と呼ぶ。逆に、パッションのない夢は、ただの思い付きだ。

だが、多くの人が、そうしたパッションを失ってしまった。企業の中では特にそうだ。成果主義の浸透に伴い、多くの人は、達成目標を自分の能力に合わせて、「確実に成果をあげる」ことを目指してきた。また多くの企業で、リスク回避の大義名分で、チャレンジを望む従業員に、成功確率の高い仕事を割り振るようになってきた。さらに、多くの若者が、育つ過程でこうしたパッションを失って企業に入ってくる。企業全体がパッションを忘れ始めている。

では、こうした状況で社員に夢を持たせるには何をすればよいのか。最初のステップは、社員が夢を語る場と機会を多くすることである。人間というのは不思議なものだ。言葉に出すとそれがリアリティを持つ。また他人の夢を聞くことで、自分も夢を持ちたいと思うことも多い。結果として、社内で夢を語る場が増えてくれば、夢を持てる、持ちたいと思う社員は増えてくる。

具体的には、例えば、多くの企業で、目標管理の名の下に、会社の戦略目標をブレークダウンした目標を働く人に配分している。管理手法としての目標管理である。だが、目標管理とは、もともと従業員の主体性を最大限発揮させる方法なのである。自分で設定したい目標と、会社の持たせたい目標とのすり合わせが、目標設定なのである。「自分の目標」が方程式から脱落すると、単なるノルマ管理に陥る。

原点に戻って、目標管理の中、特に目標設定の段階で、あなたがしたいことは何かを常に問い直す時間を持ちたい。確かに、いちいち、働く人自身の目標を問いただす作業をやっていたら、現場は大変だろう。でも、そのことで長期的に自立した人材が育ってくる。「君は何がやりたいの?」。その一言が、成果主義で疲れた心へのカンフル剤となる。現場リーダーの努力は大切だ。

さらに目標設定よりもう少し大きな節目で、自分の夢を語る機会を設けるのもよい。例えば、キャリアの転換点である。キャリアというのは、一度確立するとそれで終わりというわけではない。年齢を重ね、経験を積み重ねても、確立した自分を壊し、また新しい自分を作り上げる過程の繰り返しである。

キャリアの節目とは、これまでのキャリアの棚卸しをし、さらに次の方向性を決めていく絶好の機会である。そのとき、自分のやりたいことは何か、またそのためには何をしていけばよいのか。昔持っていたが、この前のキャリアステージでは棚にあげておいたパッションを呼び戻すのもキャリアの節目にはできるはずである。そうしたことを考え、語るための支援を企業は提供することができる。

言い換えると、社員が夢を持つ第一歩は、夢を語る機会と場がどれだけ多くあるかなのである。語る機会がないと、自分の夢を意識もしないが、逆に語る機会があれば、人に解らせるために、自分の夢を筋道立てて考えるようになる。さらに、人(特に、先人)が夢を語るのを聞いて、自分の夢を抱く若者もいる。夢がないから、語れないのではなく、夢を語る機会がないから、夢がなくなるのである。

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夢もフィードバックは必要だ

よく夢と対照される言葉に、リアリズムがある。「そんな夢のようなことを言っていないで、現実的になりなさい」。企業の中ではよく聞かれる言葉だ。そんな言葉がたくさん聴かれる会社では、夢はしぼんでしまう。ただ、夢というのは、実は、現実が育てる側面もある。なぜならば、夢を持ち続けるということは、実現可能性があるということで持ち続けられるのであり、実現可能性ゼロの夢を持ち続けられる人は少ない。特に、企業の中の夢は、現実とのすり合わせを通じて、実行可能性が高まり、夢としての生存可能性が高くなる。

従って、夢を抱いて、育てていくには、ある程度は夢と現実との接点を確保することが重要だ。夢の根幹は崩さず、それをどう現実化していくかについての修正を行う場が大切だといってもよい。そのために企業は、定期的に夢についてのフィードバックをする必要がある。夢についての会話はそういう意味もある。夢を語ることの効能は、夢と現実との接点を持つためにも発揮されるのである。

具体的には、あなたの夢は何なのか。またそれがどこまで実現できており、このままいくと実現するのか。そうした対話を上司と部下で、同僚同士で、先輩と後輩でできるようになれば、理想的だ。逆にそうでないと、夢は、ただの夢になってしまう。実現可能性はほとんどないが、ただ思い描く理想。それも夢だが、企業の中での原動力とはならない。夢は、企業の中で、現実と接点を持たなければならないのである。

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夢を育てる大きな仕事を確保する

実は、ここまでが準備段階である。会社が夢を語り、働く人が夢を語り始める。そこが出発点だ。ここから、夢をはぐくむ作業が始まる。

多くの人が夢を持ち、夢を持ち続けるという点で最も大きな要因は、夢を実現するための大きな仕事をする場を提供することだろう。企業の中の夢というのは、様々な形を取り得る。極めて個人的な夢もあるし、会社の中でしか達成できない夢もある。だが、多くの人にとって、社内で持つ夢は、それは企業の中で舞台が与えられて初めて可能になる内容が多い。そうでなければ、企業にいる価値はない。もちろん、今の会社では、自分の夢を達成できないと思って、会社を飛び出る人もでてくる。それは、それでよいが、多くの人は、そんなに元気ではないのである。

企業にとって大切なのは、社員の夢を達成するための場を提供することだ。例えば、社員の夢に、資金をつけ、人材を配置する。夢を育てる作業に企業が参加するのである。そうすることで、夢は現実へと一歩近づく。

また場の提供は、後に続く多くの人に自分の夢を持とうというインセンティブを与える。単に金銭的なインセンティブだけではない。自分の夢を実現するということは多くの人の意欲の源泉である。会社が提供する場を通じて自分の夢を実現しつつある先輩社員を見ながら、自分もいつか、という意欲を持つ人は多いだろう。

ただ、残念なことに、多くの企業ではどんなに努力しても、夢を実現する機会を提供される人は少数である。コスト削減や経費管理を強化する中で、企業内の大きな仕事は減ってきている。会社という枠組みは、そういう意味では、夢を育てるのが難しい場になりつつある。

そのため、今、大切なのは、こうした経験の機会をできるだけ職場で確保していくことだろう。日常的な仕事の割り振りは、現場で起こるので、大きなチャレンジではないが、ミニチャレンジの数はずっと多いはずである。ここでも夢を実現させる場を提供するうえで重要なのは、現場のリーダーなのである。部下の夢をはぐくむという視点から仕事を割り振るリーダーは、長期的に強いチームを獲得することができる。こうした人材育成型のリーダーは、自分の部下を成長させ、そのことによって、チームの成果をあげようとするリーダーであり、育成型の現場リーダーを数多く持っている企業は強い企業である。

現場リーダーの「仕事を割り振る視点」が重要

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本気でエンパワーする

だが、多くの企業で、こうした場の提供はうまくいかない。夢を育てるどころか、働く人の意欲をそいでしまっているケースもある。何が悪いのだろうか。夢を持つ社員に、実現の場を提供するときに注意すべきことは何なのだろうか。

外来語の氾濫で大変申し訳ないが、夢を実現する場を提供するときの組織デザインの重要なコンセプトに、エンパワーメントがある。エンパワーメントは、よく権限委譲と混同されて使われるが、エンパワーメントはもっと広い概念であり、根本では、自分でこれまでできなかった仕事ができるようになるということを意味する。まさに、夢を実現するパワーを与えるのがエンパワーメントである。

そして、パワーを与えられるというとき、通常考えられているような、意思決定権限が委譲されるだけでは充分ではない。仕事をするための能力が与えられる、資源(物、カネ、人など)が与えられる、そして実行する過程での支援が与えられ、成果責任が問われるなどの要素が総合的にあって、初めて人はエンパワーされる。

エンパワーメントは、単に仕事を任せる、というのはちょっと違うのである。充分な能力開発と、資源付与、支援提供とフィードバックが必要なのである。そのため、エンパワーメントとは、企業にとって、多くの資源と、強いコミットメントが必要な過程である。でも、それができれば、成功可能性が高まり、また成果が上がったとき、働く人が自信を持ち、そして、夢が継続される。エンパワーされた場は、夢に栄養を与え、大きく育てるための場になるのである。本気のエンパワーメントを行っていないために、夢がしぼんでしまうケースが多い。

「エンパワーメント」の本質

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夢をビジョンに

ここまでくれば、かなり夢は成長してきた。だが、ここで夢の成長過程において最も決定的な節目が来るといっても過言ではない。この段階で、個人の夢が空間的時間的な広がりを持ったビジョン、つまり公的な夢として成長するか、それとも個人の夢で終わってしまうかの、大きな分かれ道が来るのである。多くの夢は、この段階で、個人の夢として達成されて終わってしまう。もちろん、それでも充分に価値はある。

だが、この節目を無事通り越し、ビジョンまで成長した夢は、多くの人を巻き込んで、一つの流れを作り出す。そうなると、夢はもう個人のものではない。ビジョンとして共有された夢の中で、さらに多くの人が夢を見ることができる枠組みとなるのである。先に、リーダーシップの根源は、ビジョン構築能力だと言った所以はまさにここにある。そのため、夢を支援するプロセスは、会社にとってはリーダーシップ開発プロセスにほかならないのである。

では、ビジョンになるまで夢をどう育てていくのか。その過程は、極めて愚直に、上記の「パッション→リアリティチェック→場の提供→夢の再構成」の流れを何回も繰り返していくしかないだろう。そうすることで、少しずつ夢が育っていく。またその中で、最後まで支援すべき夢とそうでない夢が分離されてくるだろう。

確かに、時には、偉人が出現し、こうしたプロセスをすっ飛ばして、自分の個夢を社会的な夢に転換したように見える人もでてくる。でも、そうした人たちも多くは、少しずつ夢をビジョンに変えてきたはずだ。少しずつ、幾つもの段階を経て、夢を育ててきたはずだ。

現在、多くの企業が、夢を原点として、組織の活性化やリーダーシップの開発を行っている。例えば、ソニーユニバーシティグループダイレクターの四方昌利氏は、「Works72号」(リクルート)でのインタビューの中で、以下のように答えている。

「ソニーの場合は、夢を語れることが最初の一歩です。夢はソニーの根幹でありDNAともいえます。ソニーにいて何を実現したいのか、すべきなのかを起点に、その夢をコンセプトに落とし、他人と共有可能な形にする。次に組織で仕事をするために、チームメンバーとコンセプトを共有し、モチベートする。そして最初に立てた目標をあきらめずに達成する。このプロセスをたどれることがリーダーの要件であり、また取るべき行動だと考えています」

夢は生き物である。そのため、夢は成長する。成長しない夢は、夢ではない。単なる思い付きとか、空想と呼ばれるべきだろう。夢を育てる経営をすることで、働く人が活性化し、さらに多くの夢が生まれてくる。また時には、ビジョンに化ける夢と優れたリーダーを獲得できる。企業は単純に夢を持つ場ではない。夢を育てるための投資をし、働く人が夢を育てる場を提供することが、企業の役割である。そうした場としての企業を時代が要請している。

「夢」再生のプロセス

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