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門司電気通信レトロ館

館内紹介

明治の夜明け、まだチョンマゲ姿の人もいる明治2年(1869)、日本初の電信が東京と横浜間に開始されて以来、電信電話は人と人とを結ぶコミュニケーション手段として技術革新を重ねてきました。当館では、明治・大正・昭和・平成と時代をいきいきと語る貴重な資料などを展示しています。また、旧型交換機に電話機を実装して会話が楽しめるコーナーや記念フォトスポットも開設しています。

フロアマップ

フロアマップ

  • 1 レトロ公衆電話BOX(フォトスポット)
  • 2 体感・ふれる電話機
  • 3 時代を感じるレトロな品
  • 4 ガイダンスビデオ
  • 5 磁石式手動交換機
  • 6 レトロ電話体験コーナー
  • 7 モールス体験、タイプライター体験コーナー
  • 8 ショルダーホン重量体験コーナー
  • 9 世界のテレホンカード
  • 10 電話帳、門司ゆかりの品、FAX、福祉電話
  • 11 H型自動交換機
  • 12 A型自動交換機
  • 13 日本のテレホンカード
  • 14 コミュニティースペース

体験コーナー・コミュニティースペースのご紹介

体験コーナー

H型自動交換機の写真
館内には、貴重な史料に触れることができる体験コーナーを設けています。

日本ではここでしか体験できない「H形自動交換機」の動く様子を見ながら会話が楽しめるコーナーや、レトロな電話「デルビル磁石式電話機」を使って通話体験ができるコーナーなど、お子様から大人の方まで楽しみながら電気通信の仕組みに親しんでいただけます。

■フロアマップ該当箇所: 5 6 7 8 11 12

コミュニティースペース

コミュニティスペースの写真
来館いただいたお客様や、地域の皆様との交流スペースです。
イベント開催時の会場などに利用しています。

今後、地域文化に貢献できるスペースとしての活用も検討中です。

電信・電話おもしろエピソード

電線で運ばれる小荷物
電信創業間もない頃、電線に直接荷物をぶら下げて目的地に届けようとした者がいたとか。今では信じられない笑い話ですが、一瞬にして目的地に達することの出来る電信の効用を勘違いしたのでしょう。
自動交換機の発明は米国の葬儀屋(1889年)
自動交換機を発明したのは、カンザス・シティー(米国)の葬儀屋のアルモン・B・ストロージャーという人で、彼は日頃から電話交換手のおしゃべり癖が大嫌いで彼女とケンカばかりしていました。そのうち、どうも商売がはかばかしくないと思っていたら、交換手が彼への葬具の注文を他の葬儀屋につないでいたことがわかったのです。大憤慨した彼は「それならば電話から交換手をしめ出してやる」と自動交換機の発明に取り組み、見事完成させたそうです。
最初の電話帳は文明開化の推進者達の紳士録
1890(明治23)年、電話の開通と同時に発行された「東京横浜加入者人名表」には、近代日本の立役者達がズラリと揃っています。158番:渋沢栄一、160番:岩崎弥太郎(三菱財閥の始祖)、177番:大隈重信(自由民権運動)、247番:後藤象二郎、248番:前島密(郵便の父)等々、あたかも文明開化の推進者達の紳士録といった趣さえありました。
6銭のうどんに2銭の電話料
1920(大正9)年4月、東京でそれまで均一料金でかけ放題だった市内通話が利用に応じて料金をかける度数制に変わりました。当時うどんの出前が6銭で、電話で注文すればその上2銭もかかってしまうので、そば屋さんは注文が減ってしまうと大騒ぎし、各家庭に御用聞きに現れるようになったそうです。

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