【DO!BOOK・ページリンク】
telegram012   8 / 15

BOOKをみる

10秒後にBOOKのページに移動します


の 極意 アンド ー寛斎さんといえば、誰もが一目見 て「山本寛斎だ!」とわかる存在感を 持っている人であり、その名前を挙げ れば「あのファッションデザイナーの!」 とすぐにわかる存在でもあります。  存在感というほど大げさな話では ないかもしれませんが、私は中学生の ころから、ファッションには敏感な子ど もだったんです。ちょうど石原裕次郎 さんが活躍されていて、その格好を真 似したりね。  あと、父がテーラーをやっていたこ ともあって、ミシンを使ってズボンの裾 を細くするなんてこともやっていまし た。自分で言うのもなんだけど、オ シャレな中学生ではあったかな。私は、 父が作ってくれた世界に一着だけの服 を着て、次の日に学校に行ったら、皆ど んな顔をするかな、うらやましがるか な、格好いいと思うだろうななんて、 考えたりするのがすごく楽しみで。当 時から、何かで人をワクワクさせるこ とが好きだったんでしょうね。それが 私の原点のひとつだと思っています。 ーその後、ファッションデザイナー をめざそうと考えたきっかけは何 だったのでしょうか。   21歳 の と き 、 フ ァ ッ シ ョ ン デ ザ イ ナーになると決めて大学を退学し、お 針子修行をすることを決めたのには、 不純な動機がありました。私は岐阜 から上京したのですが、「東京の洗練 された女性にモテたい」って思ったんで す(笑)。  でもね、中学生のころの思いも、不 純な思いも、両方とも、原理はすごく 単純なんだと思っています。人をドキ ドキさせたい、自分もワクワクしたい ということ。それを実現するために、 ファッションデザイナーへの道を踏み ビジネス上はもちろん、様々なシーンで人との関係を築いていく上で、相手の心に響く 意志伝達の方法は重要なもの。だが、そのように、相手の心を響かせることは容易ではない。 そこで、ファッションデザイナーとして世界的に名を馳せ、 現在ではファッションの枠を超えたデザイン、イベントプロデュースなどでも 多くの人を熱狂させる山本寛斎氏に、人の心を揺さぶるための秘訣を聞いた。 顧客との関係づくりの プロに聞く 出したんです。 ー寛斎さんは、23歳でファッション デザイナーの登竜門である「装苑賞」 を見事に受賞し、デビューを飾るわけ ですが、高校は土木建築科で大学も 英文科とデザインとは縁のないとこ ろから、よく受賞できましたね。  前例はあったんです。山手線で切符 切りをしている方が、独学で装苑賞を 受賞したという。なら、自分にできな いはずはないと思って、日々、我を忘れ て取り組みました。夜10時ごろまで仕 事をし、そこから雑誌「装苑」に掲載さ れているファッションを表紙から裏表 紙まで全て書き写すということをや り続け、受賞できるまで毎月作品を応 募し続けたんです。端から見ると、す ごい熱量を発していたかもしれませ んね。  その努力の結果、第21回の装苑賞の 候補作品に選ばれたんです。運命の最 終公開審査の日、私は学校などに通っ ていませんから、応援してくれる人も いない。そこで自分のデザインした服 を着てくれたモデルさんが登場した とき、大声で声援を送ったんです。「そ の服、格好良いぞ!」ってね。そのおか げか、予選は1位で通過し、本選でも 「○○ちゃん、キレイだ!」って声援を 送りました。そうしたら、本当に受賞 できちゃったんです。当時、「山本寛斎 の受賞は、自身の声援があってのこと」 なんて言われたりもしましたが、私の 必死さ、熱さが受賞の手助けをしたの 心を揺さぶる狂おしいほどの熱量. ワクワク・ドキドキさせたい という思いが表現の原点 山本 寛斎デザイナー・プロデューサー 15 vol.12  vol.12 14